2023/03/10 11:04

村上春樹が所有する数々のTシャツの写真を眺めながらエッセイが楽しめる、とっても気楽な本です。
村上さんは、外国の古着屋さんでTシャツを買うそうです。「200枚見て、これは、と思うものが一着あるかないかの世界だから、時間がかかってしょうがない。でもそれがゲームだから一生懸命見る」。外国の古着屋さんでTシャツやレコードを眺めて半日を費やす…贅沢ですねぇ。
自身の小説の販促ノベルティTシャツ、市民マラソンの完走Tシャツの写真もありました。「Tシャツはコレクションするものではなく、自然にたまっていくもの」という言葉にも頷けます。
また、ロックコンサートで買ったTシャツも。ロックTはダサくて着られないけれど、何十年と寝かせると、逆に着られるようになるとか。どこまで寝かせたら着られるのかは、相当なおしゃれさんでないと判断しづらそうではありますが(笑)。
村上さんは、普段はグラフィックTシャツを着ておられるようですが、カメラマンにポートレートを撮ってもらうときは無地のTシャツなのだそうです。無地のTシャツについては、「首もとがいい ”やれ具合” になるものがいい」と言っています。”やれ具合” とは「くたびれ具合」という意味だそうです。初めて知った。
「着られないTシャツ」について語られていたのも興味深かったです。まず、人目を引くようなTシャツ。メッセ―ジTシャツも、読まれてしまうから着ないそうです。
これはすごく共感します。メッセージTシャツを着て「この人はこういう主義なんだ」と思われるのは気恥ずかしいものですよね。
読まれるといえば、私は「FELIX」という文字がでかでかと書かれたTシャツを持っているのですが、これを着るたびに夫から「フェリーックス!」と言われるのが少々うっとうしいです(笑)。やっぱり人は文字が書いてあると読みますからね。
本の中で私がいちばん好きなTシャツは、「I PUT KECHUP ON MY KECHUP」と書かれたものです。直訳すれば「私はケチャップにケチャップをかける」ですが、村上さんの訳は「ぼくはなにしろケチャップにまでケチャップをかけちゃうんだ」。村上春樹にかかると、こんなこなれた訳文になるんだぁ、さすが!と変なところに感動しました。
また、とても印象的だったエピソードは、マウイ島の古着屋さんで1ドル買った「TONY TAKITANI」というTシャツです。トニー・タキタニとはどんな人だろうと想像を膨らませ、彼を主人公にした短編小説を書いて、映画にまでなったのだそうです。1ドルのTシャツがどんな運命を運んでくるか、わからないものですね。
村上春樹は、私の中では「シャツにスラックスの人」の印象でしたが、この本を読んで、「Tシャツにショートパンツの人」だったと知りました。私の好きな「海辺のカフカ」も、Tシャツにショートパンツの村上春樹から生まれたのかもしれない。そんなことをつらつらと思いながら、気楽で楽しい読書時間になりました。